在るところには、否世界には、と言ったほうが良いでしょうか。
 大きな砂時計がありました。
 気付いたらあった。としか一番古い口頭の伝承でも辿る事の出来ないその砂時計は、世界の神が忘れていった時計で、世界を創る時に使われた物だという説や、何処かの馬鹿な金持ちが金細工師に作らせたものだという説、この世界の空と地を支えているのだ、この世界の時を決めるもの等等、根も葉もない伝承が数々伝えられています。
 その伝承の、どれが本当で、どれが嘘であっても大抵のものは差障り等が出ません。  が。  ただ一つだけ、厄介な伝承がありました。

 これは、そんな世界の、あるお話です。



 お邪魔虫のお話





 色とりどりに輝く虹色の砂の流れる音が引っ切り無しに聞こえてくる、ここは、世界の中心に位置する森の崖の上です。そこに、その砂時計は在りました。白々と輝く白金の骨に施された繊細な金の模様は、まだ高い陽光にきらきらと反射して辺りをいっそう明るく照らしだしています。
 その模様の終わりの辺り、砂時計の下にある小屋では、娘が一人、窓の外を眺めていました。鮮やかな紅色の衣に、銀刺繍の藍の肩掛けを纏った彼女の、髪は淡い紫苑。琥珀の宝珠を両耳に付け、首から緑の石を下げて窓の外を見遣る彼女は、今年からこの砂時計の管理人を務める若い魔導師です。
 砂時計の管理を任される事は魔導師の中では大変名誉な事。ですから、娘も当然喜んでいました、が。
 ただ一つ、その娘の可愛らしい顔を曇らせる事が。
 「まぁ…しょうが無いと割り切るしか…ないのかしら」
 嫌だなー…絶対からかわれるわ。と、娘は傍にあった木製の机に頬杖を突き、私もからかったもん…。前の管理人に、否、自身の先輩に心の中で深く詫びています。徐に、ぼやく様に、三年……かぁ…と、自身の手に持った、管理人者の証である、砂時計と同じ物で作られた小さな小さな砂時計を掲げて見つめました。

 虹色砂の中には、黒い粒が一つ。

 「ネーミングセンスの問題、だと思うのよね」
 それを首にかけ、娘は息を吐きました。娘の紫苑色の長い睫毛がそっと伏せられます。

 その砂時計の伝承には、一つ、絶対の真実が隠されていました。
 厄介な伝承、曰く、その砂時計には昔ある国をみっつ滅ぼした悪魔が封じられている、と。現実に、著名な魔導師が今から六百年ほど前に遊びで大国を六つ滅ぼした凶悪な悪魔、もとい魔導師をその砂時計の中に眠らせているのです。
 勿論、それが真実だという事は魔導師の間でしか知られていません。そして、その凶悪な魔導師が目覚めるという可能性も、それ程彼女の眉を顰(ひそ)めさせる事ではありませんでした。
 けれど。
 場合によってはしかし、でしょうか。

   「だってさぁ…呼びたくなるじゃない。そう呼ばれてると、さぁ…正式名称よ?」

 その砂時計の管理人を務める者は、封じられた魔導師の目覚めを妨げる者でもあります。
 魔導師の波動を押さえ込み、乱す事の出来る者。常に夢を見せ、現へと収束する意識を妨害、専門的な事は置いておいて、砂時計の管理者とは、つまり。
 娘は乱暴に額に手をやりました。
 妨げる…から、どうしてその魔導師の目覚めに差障りがある、になるのかしら?と、娘はついに机に突っ伏して頭を掻き毟ります。
 ああ、もう直ぐ引継ぎ式が始まる。少し空ろな目で窓の外を見遣って、小さく息を零しあらぬ事、例えば昨日の夕食等、に逃避を試みる始末。

 娘とて砂時計の管理を、封印の防人を任される事が嬉しい事は嬉しいのです。  大変名誉な事でもありました。
 おまけに仕事自体はとても楽なものです。

 でも、しかし。
 世の中にはそれとは関係なく、嫌な事があったりなかったりあったり。


 「正式名称、
 お邪魔虫。は、ないじゃない…」


 その魔導師の、否悪魔の目覚めの邪魔になるもの。で、お邪魔虫。
 これでもその昔、偉い魔導師達が集まって、満場一致で決まった正式名称でした。

 魔導師達が口々にそう呼べば町の人も面白がってそう呼びます。魔導師以外は誰もそんな馬鹿げた伝承を信じては居ないものの、なんせ覚えやすく親しみ易い正式名称ですから、こぞってそう呼ぶのです。
 例を挙げるならば、あーお邪魔虫だぁー!遊んで〜!と何処かの純朴そうな子供が言います。今日は暑いわねぇお邪魔虫さん。と人の良さそうなご婦人方が管理人者に声をかける姿はこの近くでは夏の風物詩でした。
 誰も、誰一人として砂時計の管理人さん、とは呼んでくれません。

 「まぁ…普段は。親しみがあって良いとは思うわよ。でも会議の時だって…」

 お邪魔虫。意見は?とか、机にお邪魔虫、と書かれたプレートカードがおかれてるんだもの…!

 娘の心中を察してくれるのは歴代のお邪魔虫さん達だけでした。
 大変名誉な仕事、三年に一度、魔導師のトップクラスの者にのみ与えられる仕事なので、みすみす断るわけにもいきません。
 「慣れるしか、ないわよね」
 娘は一人、窓の外を眺めやりました。遠くから、次期お邪魔虫さ〜んそろそろですよ〜!! と、声が掛かります。
 引継ぎ式の始まりが近いのでしょう。娘は小屋を出ました。  代々お邪魔虫の纏ってきた独特の衣装を身に纏い、娘は小屋の向こうにそびえる大きな砂時計の白と、金を見るとも無く眺めやり。





 虚ろに笑いましたとさ。




 この後娘は、封じられたはずの魔導師の、お〜邪〜魔〜む〜し〜め〜〜!! の呪詛まがいの声に眠れぬ夜を過ごしたり、代々のお邪魔虫さん達が書き記した、三年間の胃炎日記を見つけるのですが、それは又別のお話。




 七色の砂の輝く、白と金の大きな砂時計の世界のお話は、これでおわりです。





                                           


後書き

やはりどこぞの産物です。拙い文をそのまま出してみようキャンペーン継続中。
でしたが、余りに拙すぎるので少し直しました。

有難うございました!