塔の上から見下す夕陽は、心を焦がす煉獄色。
「天国と、地獄の間には煉獄と言う所が在って」
古い城の塔の上で、少女がポツリと呟いた。答える者はない。
少女の瞳に映る空の色は、かつて見た事も無いほどの見事な夕焼け。まるで、古にあった戦事件の前日の夕焼けの様な、禍々しいほどの、茜。
そんな夕陽の創り出す、街のシルエット。歪んで歪なそれは、先の大戦の傷跡。少女のいる塔も、半壊して、中の螺旋階段が露出し、右よりの重心は、何時倒れてもおかしくないと囁かれる。
或る人は言った。
『ああ、まるでバべルの塔だ。先の大戦は、この世界に、何の利益をもたらしたのだろうね? 』
彼は占領者達に捕らえられ、絞首刑に処された。
けれど、一体、この世界に何の利益をもたらしたのだろう? いつの間にか金に繰られ、戦に繰られ、この世界の先の事等考えもせず、否、考え行動するたびに足元を掬われただ、終焉の時を待つ。
しかしそれは、少女の預かり知らぬ話。
「其処で人の魂は浄化されるのですって」
何処かで見た聖書に、掠れた文字で書かれた、うろ覚えの言葉を呟く。
「皆はね、あの日の紅蓮の色だと言って、夕陽を忌み嫌うけれど」
少女は町を見下した。
「夕陽は何も壊して行かないから、紅蓮色なんかじゃ、ないのにね・・・」
「夕陽は、浄化の煉獄色」
何処か謳うように呟くと、唯でさえ危ない塔の、最上階の手摺りの上に立ち、ゆっくりと、最上階の入り口を振り返った。
「貴方は、いいなぁ・・・」
少女は、其処にうずくまる闇色に呟いた。声に浮かぶは憧憬の色。
闇色は、答えなかった。
フードを目深に被り顔を俯かせているので、男なのか、女なのか、どんな表情をしているのか判らない。性別に至っては、そもそも無いのかも知れなかった。
「私ね、センリョウシャの花嫁になるんですって。・・・かあさまも、とうさまも、みんなみんな殺した人なんですって。だからね、このナイフでね」
純白の手袋に握られているのは、紅い、朱色に染まったナイフ。闇色は何も言わない。
風が、純白のレースを揺らす。
「私は奇麗でいたかったんだ。でも汚れちゃったから」
「貴方みたいになれたらいいのに」
少女は目を閉じた。
「ただ、そこにあるだけでよかったのに」
声の中からも表情からも、どんな感情もうかがい知ることは出来ない。
闇色は答えない。
少女も返事を待ってはいない。
少女は、夕陽の方向へと身体の向きを戻した。ナイフが、その手からすべり落ちる。
カラァ・・・ン
朱が飛び散った。
「この煉獄色に包まれたなら、きっと、きれいになれるよね? 」
紅く染まった手を胸の前で組む。ヒールの高い純白の靴が、手摺りの上から、前へ。
「そうしたら、私、貴方みたいになりたいな」
『きっと、浄化される』
純白のドレスの裾が、ふわり、茜の空に浮き上がった。
白い花が、とうのうえから。
風が、 吹いた。
「そうして、なったのじゃない」
闇色がぽつりと呟く。顔をあげて茜の空を見ていた。片頬に涙の跡。後から後から流れ出る涙。もう片頬は乾いたままに。
流れ出た涙は雫となって塔の最上階の石畳の上に吸い込まれていった。
「かみさまは残酷ね」
もう何度見つめただろうくりかえしくりかえしまるでむげんじごく。
浄化すら、させてくれないままに。
「何が罪だったと言うの? 」
それすらも判らない。
もう何度―――――――――・・・・・
「天国と、地獄の間には煉獄と言う所が在って」
ああ・・・
目の前に現れる純白の娘。辺りの色は、相変わらずの茜色。まるで時等経ってないかのように。
また・・・
流れる涙はそのままに、闇色は少女を見つめる。ふと、少女が振り返った。
「何で泣いているの?」
闇色は、静かに答える。
過去の私よ
「それはね・・・・・・・・・」
おわり
言い訳
拙い文をほぼそのまま出してみようキャンペーン…。
煉獄はこんな所じゃないかもしれません。というよりこんな所じゃないでしょう…
もし煉獄について良く知っていらっしゃる方がいましても、どうぞ貴方の心の中で笑ってやってください。
差し詰め一番怖いのは、煉獄の景色が夕陽に似ているのかという事です。
読んで下さった方、有り難うございました。