夜会を致しましょう?夢に等逃げ込めぬのだから。寄って、拠って酔って





……哀しい宴。




―――くりごと―――




 白い円卓を囲む三つの柱の影から、一人の美しい女が姿を現した。
 切れ長の目を鋭利に細め、素足のまま凛然と円卓に歩み寄る。白いドレスの裾がはらはらと動きに舞い、鏡のような床に花の様に広がった。手を加えず流した藍色の髪は揺れ、女は円卓に着く。

 向かい側から小さく笑む気配。

 「やはり…おいでになりましたね」
 和やかな笑みに混じる苦い物。
 絶世の美女の真向かいには、如何と言う事も無い男が座っていた。茶の服の平凡な男。優男にしては肩幅が広く、それでいて背の高い、それだけの男。
 女は男を見下す様に目を細める。

 「貴方だとて、来たじゃあありませんの」
 今更……。氷の様な視線で男を見遣って、女は口元に皮肉を刷いた。
 馬鹿にし、見下し、何処までも冷たい態度の女に、そうですね、と男は飽くまでも優しい。女の態度を解き解すかのように月が、と遮る物の無い天を指差す。
 「月が綺麗だったから、と、言う事にしておきましょう?」
 今宵の所は。やんわりと、微笑を浮べつつ男は言った。それを聞き女は、ふい、と目を逸らす。狡い、と顔までも逸らして呟く様は、大人びた女の見せる物では無く拗ねる子供の面影。
 「その言い訳…私が使ったら怒るくせに…」
 狡いですわ。恨めしそうに男を睨みつける女に先程の様な険は無い。
   それは…。男は少し困って眉を傾げた。
 「誰だって、いい気分にはなりませんよ…」
 あちらに惹かれるだなんて…冗談でも。それでも狡い、と女は完全にそっぽを向いてしまう。卑怯者。小さく呟かれた声に男はやはり苦笑した。
 しかしその表情は酷く優しい。女の横顔を見つめる顔は。

 円卓は大きく、女に手は届かない。男はかた、と椅子からゆっくり立ち上がる。横目でちらりと気配を探る女の背後に立ち、その髪をゆっくりと撫でた。
 「随分と…汚れてしまいましたね…」
 男は女の頬に指を添え、泥でも拭うかのような仕草をしてみせる。軽く拭われた女の頬は、しかし白く美しく、一点の染みすら見当たらない。
 女の顔には切なそうな色が満ちた。

 「貴方だって…こんなにも罅割(ひびわ)れておいて、何を…」
 女は頬に添えられた指を己の手で包み込む。緩く頬擦りをする様は、甘えていると言うより、何かを与えようとしているかの様。こんな事をしたとて、何かが変わる訳ではない。改善される訳でもない。そんな事は二人とも重々承知していた。けれど。
 「沢山…生み出しました…」
 ぽつり、と呟く男に同意して、女は静かに目を伏せた。頬を撫でる男の掌はどこも罅割れて等いない。
 「育みもしましたわ…」
 静かに続ける女に肯いて、男も目を閉じ軽く俯いた。
 「恐い、ですか?」
 男の問いに女は困った様に口篭る。彷徨う瞳のまま口を開き、声を出さずに閉じて、暫し。
 「…永遠等、有りませんのよ。…そんな事は痛いほど良く解かっていますわ…けど…っでもならせめて!」
 …せめ…て……。徐々に熱を帯びた言葉は結論を語らずに止まる。飲み込んだ言葉は酷く滑稽な物だった。滑稽で、愚かしく呆れる程に稚拙な言葉。
 約束等と言う気休めなど、女は欲していない。それは男も同様である。最後など、どうなるか判らないのだから。
 飽く程の繰言。
 滅びる時は一緒に、だ等と願うのは愚かしい事である。

 例えどれほど、二人が焦がれ求める最後であっても。


 「なぁんて、私が言うとでも思いました?」
 女は笑む。極めて馬鹿馬鹿しく。さも冗談だ、と言わんばかりに。本音を、必死に隠して笑んだ。
 「ですよねぇ」
 和んで、無理にでも和んで男は笑う。
 これは戯れ。両者とも、本音を知ったその上で、嘘を吐き笑う。恒例行事なのだ。

 「何時、貴方に終わりが来ますのかしら…?」
 私に沈んでみる気はなぁい?くすくすと蟲惑的に笑んで女は男を見遣る。
 「いやぁ…私の背は高いですから…」
 全部は無理じゃあありません?男は自身の頭に手をやっておどけて見せた。女は頬の手をぱしん、と払って男を睨みつける。
 「本当…むかつく程に馬鹿でっかいです事…」
 へし折ってやろうかしら…腕を組む女に楽しそうに男は笑う。

 この宴は。哀しい行為だと解かっていても止められない。
 解かっていても尚この円卓に赴く彼等の心中は苦い。女が見下しているのは女自身。男が苦笑した相手は男自身。申し合わせた訳では無いが、ふ、と両者の訪問が重なる。その時の夜会。太古遥か昔から催されてきた儀式のようなもの。何時から始めたのか、もう二人にその記憶は無い。
 「本当に…どうなるかなんて、判りませんものねぇ」
 呆れたようにぼやいてみせる女に、まぁ、なる様になるでしょう。呑気に笑った男の腕には女を放す気配は無く。女も同様、離れようとはしなかった。

 互いの本心を知りつつも、嘘を演じ続ける二人は。 
 夜に寄って共に拠って嘘に、酔う。




 遥か昔より、海と大地による宴。







後書き。
用法の注意。男を地球。女を海に置き換えて下さい。
性別をはっきりと書かなくとも良かったのですが、私的には海は女性、大地は男性というイメージがありまして。
えー…口調が寒い。
惹かれる、は引かれる、です。月の重力。汚れは汚染。罅割れは広がる砂漠を意識しています。
太陽は…どうやら膨張して男飲み込む説があるらしい…。他にも男滅亡諸説色々。
何だかこの二人?が添い遂げる可能性は低そうです。
因みに月は死んでいるそう。某弟によると抜け殻らしい。。。

ではでは
こんな駄文を(設定からして駄)読んで下さった方に心よりの感謝を。